Short Story

第1集(2002.6.14〜2002.7.31)
第2集、第3集(2002.8.1〜2002.9.30)
第 4集  (2002.10.2〜2002.10.31)
第5集 (2002.11.1〜2002.11.30)
第6集 (2002.12.1〜2002.12.16)
第7集 (2003.3.1 〜 2003.3.13)
第8集 (2003.3.18 〜 2003.7.4)
 第9集 (2003.7.20 〜 2003.9.13)

第10集 第11集 第12集 第13集 第14集 第15集 第16集

第17集







No272

お弁当

お母さん
明日、建物疎開作業 休みたいわ。。

和ちゃん
でも休んだら、非国民っていわれるよ、、

そうだね。。

明日ねぇ
お弁当にね
卵焼き入れてあげるよ
昨日ね
隣のおばさんに頂いたのよ
田舎に帰って来たんですって
お土産に貰ったらしくてね

わぁ
すごいね
卵焼きぃ

明日いつものように行くね

ゲンキンな子だね

母は笑った

和子は、お弁当を食べることはなかった
爆心から500メ-トルの距離で被爆すれば
何もかも消えていた
骨さえ残らない

6000度の熱線を浴びたのだから。。。。

2007.8.7



No271

願掛け

おばあちゃん
お願いだから、このお薬飲んで下さいね

んんん
いらないよ

どうして

どうしても

困ったわ。。。ね

(康夫に願掛けしたからね 高熱を出して
医者から見離された時
助けてもらえるのなら、私は一生 お薬は飲みません
そう、心に誓ったよ

そして、それからなんとか大きくなることが出来た

あの戦争さえなければ
康夫は、康夫は、、

それでも
一度誓ったことは
守らないとね。。)

心のつぶやきは、誰も知らない

康夫
もうすぐお前のところへ行くよ

いっぱい
話したいこと、あるよ。。。

2007.8.1



No270

幽霊の手


義母は、40代の半ば
広島に住んでいました

職場の同僚には
原爆で手や顔に、やけどの跡がある人が何人もいました。

あの日の黙祷には
誰よりも長くも祈っていたそうです。。

あの日ね
みんなね
歩ける人は、手を幽霊のように前に差し出して歩いていてね

あれは、、

手の皮がやけどで、ずるりと剥けてしまってね。。
手を前に出して歩かないと
くっついてしまうので
あんなふうに歩いていたの。。

みんな、ただ呆然と、、

みんなが歩く方向に吸い寄せられるように歩いていたの

人間は

なんて恐ろしいものを造るのでしょうね。。

原爆って

みんな、みんな 、、

人も 動物も 鳥も 木も 花も  生きているものすべて

破壊するのにね。。

2007.7.25



No269

アジア号


私ね アジア号に乗ったのよ

義母のいつもの自慢でした

そりぁ 豪華な汽車でね

大連の兄さんのところまで行くのに乗ったのよ

満州の広野を疾走したアジア号
大連とハルピンの間約1000`を8時間で走り抜けた


誰もが、ここは他国だとは思っていなかった

満州国は、日本だと思ってた時代

敗戦後の義母の姿

髪を切り 顔に墨を塗り

逃避行のことは
義父は語ることがなかったという

果てしない草原に落ちる夕日の美しさは
声も出ないほど感動したという

そして
戦後は、その夕日の中
おびえながら、ふるえながら
日本に帰りたい

その気持ちだけが

心の支えだったという

2007.7.24

アジア号


No268

心残り


ゆきちゃん
今日も、建物疎開作業、暑いねぇ

うん
暑くなりそうね

知ってる?
隣の組は、今日は全員お休みだって

えっ
どうしてぇぇ

なんでもね
先生がね、来なくていいと言ったらしいの
最近、空からふってきたビラに
今日は避難していなさいって書いていたらしいの。。

そんなことがあったの

でも行かなきゃ、みんな待っているしね

うん
そうだね

それから、しばらくして

ふたりは、作業中に爆風で吹き飛ばされた

熱線にやられたやけどは、全身を熱くした
よろよろと、やっと川まで来ると
ゆきちゃんは、川に入って行った

待って、そんなに入るとダメよ
流されるわ

手を持ったけれど
ゆきちゃんは、振りほどいて深みに入った

私は、どうして
もっと強く引っ張らなかったのかと
いまでも、心残りです

私もやけどで歩けなかったけれど

みんな、みんな

やけどで、熱い熱いといいながら
息を引き取りました。。

たった一組だけ
作業に出なかったクラスがあったことは
あまり知られていない

非難されることを覚悟で
先生は、止めたという

何かある
きっと

先生は、そう思ったという

戦後、先生に貰った命だと
生徒みんなが心で感謝したという。。。

2007.7.23



No267

紙芝居

おおいぃ

かっちゃん
紙芝居が来たぞう
行こうよぅ

今日は、「にくだん、さんゆうし」だぞぅ

うん。。

勝司は、元気のない返事をした

勝司の兄は、満州に出征したまま
音信不通になっていた

母は、毎日お仏壇に祈り
もともと丈夫でないうえに
畑仕事で体を酷使していた。。

そんな母を見る度に
勝司は、お腹が空いても
何も言えなかった

隣の家に住む、聡の家は
誰も出征していない

紙芝居の口上が始まっていた

にいちゃん。。

勝司は、優しかった兄を思うと

みんなのように、大喜びで見ることの出来ない
紙芝居だった


2007.7.5


1932年 2月22日
 肉弾3勇士戦死。中国侵攻中の日本軍兵士3人が上海郊外の廟巷鎮において鉄条網爆破作業中、爆死。
以降、3人の死は軍国主義日本の美談として祭り上げられ、特攻精神の規範となる。






No266

 真っ赤なトマト

おかあゃん
今日は、あのトマト食べてもいい?

明日かしらね
もう少し赤くなってからね

うん!
明日ね
ちぃちゃんのトマト
あしたぁぁ

昭和20年8月5日、広島市内の小さな家の小さな庭でした

次の日

ちぃちゃんはいつものように
庭にいました

その時、あの光りが上空で炸裂しました

ちぃちゃんは、爆風で吹き飛ばされて
庭の隅に横たわっていました

家の中にいたお母さんは

なんとか歩いて
ちぃちゃんを抱きしめました

千恵子ぉぉぉ
しっかりするのよぉぉぉぉぉ

おかあちゃん
あついよぅ ト マ ト。。

そういうと動かなくなりました

昨日、食べさせてやればよかった。。

お母さんは、号泣しました。。

******************
いつも同じ御話しをしています
修学旅行に来た皆さん

ちぃちゃんは、私の子供です
あの時から,時間が止まったまま
大きくなりません

戦争ってね
兵隊さんだけが死ぬんじゃないんですよ

平和っていいですね

子供を亡くして
すぐに終戦でした

その後、夫も南の島で戦死したと
公報が入りました。

この頃は、声に出しては
言いませんでしたが

心の中で叫んでいました

もう少し、もう少し
早く戦争が終わっていたら

ちぃちゃんも、死ぬことはなかった。。と

原子爆弾は、大火傷するんですよ

みんな、皮膚がたれさがって
幽霊のように歩いて
熱くて、熱くて川に飛び込んでね

川も亡くなった人でいっぱいでね。。

家の中にいた私は助かったけれど

家族は戦争でみんな死んでしまいました。

戦争の哀しみは
私達だけでもういい

世界中の戦争がなくなればいいと

いつも思っています。


2006.8.5



No265

かっちゃんの三輪車

かっちゃん〜
空襲警報が解除になったから
庭だけなら
三輪車に乗ってもいいよ

うん!!!

そして、しばらくして
また、空には爆音が響いてきた

あっ
かっちゃん!!
おうちに入って〜

その時
閃光が走った

もう、かっちゃんの姿は
どこにもなかった。。。
。。。。。

戦後
何十年も経ってから
三輪車は庭から掘り起こされました

かっちゃんがいなくなってから
見ることも出来ないので
庭に埋められたのでした

ぼろぼろになった三輪車は
原子爆弾の証のように

無言で

かっちゃんとの日々を
想い出せてくれたのでした

2005.8.22





シロちゃん

No264

健ちゃん
あのね
よおく聞いてね
シロちゃんね
兵隊さんたちのためにね
連れて行かれるの

えっ
いやだ!
シロは僕のものだ
絶対に渡さないからね
いやだぁぁぁぁぁぁぁぁぁ

兵隊さんたちは
寒い満州で頑張っておられるのよ

シロをどうするんだぁぁぁぁぁぁぁぁ

健太は、シロと一緒に外へ飛び出した

シロ、絶対にやらないからな
そうだ、家出をしよう
どこか誰にも見つからないところ
山の中へ逃げよう

クゥ〜ン
何も知らずに
シロは鳴いた

。。。。。

数日後には
シロは連れて行かれて
防寒服となる運命が待っていた・・・

2005.7.19





No263

七夕様

勝之、今夜は七夕さまだよ

一年に一度だけでも
会えるなんていいね

お前には
もう一生会えないから
七夕さまがうらやましいよ

お前が小さい頃
笹の葉を採って来てと
だだをこねたね

母さんは
お前の小さい頃のことばかり
思い出しているよ

二十歳の海軍の制服のまま
お前はちっとも歳をとらないね

母さんは、すっかり腰が曲がってしまったよ

今日、短冊に願い事を書いたよ

いつまでも平和に

そう書いたよ

子供を戦争で亡くす
悲しみは
もう、母さんたちだけで
たくさんだよ

どれほどの涙が
体にあるのかというくらい溢れたよ

勝之・・・
深い海の底にいるんだろうね・・・・

2005.7.7