旅行

No106

どこへ着くのかわからないミステリ−旅行
母と乗った
加奈子の独身最後の旅

いつも父に気を遣い
無口な母が
旅先では

どこに行ってもニコニコと笑い
美味しいものを食べると

こんな美味しいものを食べたことがないと
手ばなしで喜び

着いた宿は
窓から一面の海の夕焼けだった。

沈んでいく太陽が
惜しみなく輝いて

二度とはみることもないような
真っ赤な太陽

生きていることが素晴らしいと
おもえるような、ひととき..

夕食には、樽酒がふるまわれて
一合枡を大事にもらって帰った
母の顔

あの母の喜びの顔を

加奈子は忘れることができないでいた...

2002.9.30





子犬

No105


「真っ白な子犬、受け取りに行きますね」

そんな電話が入った。
こちらに着くのは、22時になってしまうのに...
そう思った、早苗だった。

少し前に近くの電気屋さんでうろついていた
真っ白な子犬

ドブに落ちたりして
びっくりの色

シャンプ−すると
真っ白な、可愛い子

何人もの欲しい方がいて
子供さんがたくさんいる
Fさんのところへ行くことになった。

奥さんがタクシ−の運転手をしてた。
それで二時間もかけて
こんな時間に受け取りの電話が入っていた。

近くの駅で待ち合わせて
いつものお願いをして
最後の別れ

散歩、たくさん連れて行ってもらってね
お兄ちゃんたちがたくさんいるから
可愛がってもらえるよ。

フ−ドを持って行きました。
いつもの

元気でね
可愛がってもらってね

2002.9.29





ブラウス

No104


犬の散歩で亜美はふと
こんなことを思い出だしていた。

秋の日は突然にやってきて
今朝は肌寒い

こんな急に冷えた日に
母が着せてくれた長袖のブラウス

少し前から縫ってくれていた。
水色のギンガミチェック
丸い襟が可愛くて
胸のところには
フリルがたくさんあった。

朝、起きると
出来あがっていて

嬉しくて笑った顔の
母と私

そんな懐かしいヒトコマ

ぼんやりと彼岸桜を眺める私に
犬たちは
早く行こうよぅと
催促していた。

2002.9.28





汽車

No103

昭和20年5月に芙美の父は戦死していた。

戦後、父の納骨のため
京都へ向かう汽車に乗ろうとしていた。

復員してきた兵士たちで
駅はごったがえし
とても乗れそうもなかった。

その時
こっちへおいで
中から声をかけてくれた人がいた。

すると
駅員がふわっと抱え上げてくれて
乗れたのだった。

5歳だった芙美は

その人がいつまでも頭をなぜてくれた
記憶だけが残っていた。

2002.9.27





面影

No102


修は夜汽車に乗っていた。
東京への受験に向かうためだった。

当時はまだ夜汽車で向かうことが普通だった。

旅行好きの父は
夜汽車はいいなぁ
その言葉が心に残っていた。

青春時代に誰でもが
感じること

父が疎ましく思えて
東京行きの汽車に乗ったのだった。

あれから父は
3年後、僕に山のように
話す言葉を残して
遠い世界へと旅だった。

あとになり思うこと
何か伝えたいことがあったに
違いない

遠い日の
面影の父は淋しげだった...

2002.9.26





修学旅行

No101

由美は思い出していた。
中学校の修学旅行

奈良の公園で、他校の生徒と一緒になった。
あっ、 あの人がいる

小学校二年生の時
よく遊んだけど...

向こうも気づいているはずなのに
しらんぷりしている

話すこともない別れ
一瞬のすれ違い

聞いてみようか
帰ってきたら。

あの時は気がついていたの?
どうして声をかけてくれなかったの?

それから
4年後に出会うなんて思ってもいないから
ふたりとも
まだ、何も気づかなかった。

神様が決めた、赤い糸の人だったことを。

2002.9.25






詩集

No100

真由は、古い詩集をそっと開けてみた。
若い頃に書きためたポエム
なぜか捨てられずに
いままで持っていた...

セピア色になり遠い日の影を写していた...
・‥…・・・★・‥…・・・★

淋しくないなんて嘘

出会った、あの場所は

今 緑がいっぱい

嫌いになろうとした、あの日々

そうして欲しいと思ったあの人の心

でも

聞きたかった、ホントのこと

何も言わない
言ってくれないことが
言ってくれないことで

嫌いになれたと錯覚している

思い出だけを持って生きていくのね

もう...
..............................................................................

飛んでいきたいよ

蒼い空
白い雲

あの雲に乗り、飛んでいきたいよ

遠い日に見た夢
初夏の風

もう戻れない日々

心の奥に閉じこめて

季節は巡り

思い出は遠くなっていく

....................................

星くずをちりばめたような

思い出がいっぱい
心にいっぱい

小さな思い出をありがとう..

生きていた、わたしの小さな思い出

心にずっと残る
残っている

消せないはずだから

....................................

風になり
雲になり

飛んでいきたいと思った

あの遠い日

雨の音
花の色
風のささやき

なにもかもが

いとおしいと思った

あの懐かしい日々...

そんな、あの頃の

思いは、誰の心にも

そっと、抱いていますね...

涙色の切なさは

心の隅に今も

残っている...

..............................................................

さようならがあるから

時が流れ
季節が流れ

想いは遠くなっていく

淋しいけれど
これでいいんだと
そう想うことで
思い出は、心に輝く...

いつの日か、元気です。

そういえる日まで
その日まで...

 人はさようならをいう時
 一番美しい姿になる
 目に光りが生まれ
 胸に愛が溢れてくる

 さようならがあるから

 生きているって...
 いえるよね..

...........................................

風になり
雲になり

飛んでいきたいと思った日々

切なくて、恋しくて
人を好きになることが

こんなにもつらいと思った日々

雨の音
風のささやき
花の色

何もかもが
いとおしくて

ひとり泣いた

あの遠い日

風になり
雲になり

飛んでいきたいと思った日々
涙色のあの切ない日々

.......................................................


電車から動く景色を眺め
歩きながら、空を眺め
凍てつく夜に星を眺め
あの人のことを想った
遠い日....

あの人への想いはあふれ
どうしようもない気持ちを
どこにも持っていけない気持ちを
ひとり、心に閉じこめて
あの人は
こんなわたしがいたことさえ
知らない....

...........................................................

雨に打たれて花びらが、はらはらと舞い散る

遠くの花も、わたしの知らないところで散っている

会うこともなく、約束をするでもなく
遠い日に出会った人
木の葉だけが知っているかのように
淋しげに葉を震わせる

同じ時刻、違う場所で
同じように
雨に打たれて、梅の花びらが散っていく
その人の肩に
私の肩に
静かに、そっと...

...............................................................

ある雑誌に載っていました
千度、呼べば
思いが通じるという...

出逢うこともないはずの
出逢い...

神様がうっかり数え間違えたのですね
もう、遠い日のことですね

..................................................................

秋は

人恋しくて、切なくて

そんな想いをした、あの頃

あの人のことを想うと

枯れ葉が舞うのでさえ

なぜか、淋しくて

お願い..私を見てね

幾度、そう思ったことでしょう...

.......................................................................


いつの日か、きっと

美しく思い出される日

一緒にいられるだけでいいと思った

あの日...

いつの日か遠くになり

思い出は、色あせることなく

心のすみで輝く...

........................................................................

あの人

あの人は遠くで

あの人は知らないことで

花も、風も、空も、雲も
みんな、みんな知っていて

この想いは、伝えられなくて
季節は流れ、いつしか
通りすぎていく人...

今は、せめて花たちへ

あの人は、元気でいるでしょうか...
そう伝えてね...

・‥…・・・★・‥…・・・★

そして、真由はもうひとつ最後に
ポエムを書き足した...


.....................................
戻りたい

もう一度戻れるものならば

ふたりは若くて、若くて
コワイものがなくて
海へ来ていて青春で
お互いに好きで
海へいったよ
わたしにkissしたいのに
いえなくて
わたしも、して欲しいのにいえなくて
そんな若いふたり
ふっと 
潮風が私の髪をなぜていったよ
若くて、若くて コワイものがなくて
ふたりでいられるだけでいいと思ったあの頃

懐かしいあの頃
心が震えて、海も空も波も
みんな美しい、切ない、そう思ったあの頃
たった、一日だけでも
戻れるものならば 
悪魔に魂を売ってしまいそう
そんなわたし...


..................................................................

2002.9.25






No99

あの日は朝から大雪だった。
F子はいつもの電車に乗るために
駅へと急いでいた。

着いてみれば、
大雪のためなのか不通になっていた。

仕方なく歩き始めた。
貯金局までは、ずいぶん遠かったけれど
遅れてでも行かなければならないと
思っていた。

途中からなにやら
空気がおかしい
人の気配はない

兵隊の数が異様に多い。

ついに、憲兵から呼び止められた。

「貴様! どこへゆく!」

「はい、あのう 職場まで..」

「帰れ! すぐにだ!」

「はい..あのう..」

あまりの剣幕に
急いで引き返し始めた
F子だった。

あとになって知ったこと

それは、2.26 事件だった。





尾道駅

No98

終戦の年、M子は5歳だった
連絡線を降りて、母と急いだ
尾道駅には、人々がごった返し
蒸気機関車がホ−ムに入ってくると

人々は改札口へ殺到した。
人ごみに押しつぶされそうになりながら
半ベソをかいていた。

その時に兵隊さんが
さっと抱き上げて
窓から車内へ入れてくれた。

そして背嚢から出してくれたもの

それはみたこともない
金平糖というお菓子だった

甘く切ない思い出

あの兵隊さんは
故郷へ帰り着いたのだろうか

そんなことを思うM子の前に
新幹線 こだまが 静かに入ってきた。

2002.9.23





琵琶湖

No97

大阪から初めて乗った北陸本線
サンダ−バ−ド

由紀子は少し元気がなかった。
琵琶湖が近づいてくると
車内の温度が急に冷え込んできた。

北に向かっているんだもの
寒いわけだわ
そんなことを思っていると

目の前に海のような
景色が広がった。

ずっと海の側で過ごしていた由紀子にとって
それが琵琶湖だということに気づくまで
少しの間、時間がかかった。

うわ〜 すごい広い〜
心でつぶやいて

ほんの些細なことじゃない
こんなこと。
たいしたことなくてよかった
捕まったから
事故もおこさなかった。

そう思えば
気持ちも軽くなった。

どこまでも海のような景色が広がっていた。

由紀子は、子供が制限スピ−ド30キロオ−パ−で
捕まったために
未成年だということで
親の呼び出しを受けて
金沢へ向かっている途中だった....

2002.9.21




別れ

No96


明日香は子猫たちをもう一度
抱き上げた。
シャムの可愛い子猫たち
4匹が丸まっている。

今夜が一緒にいられるのも最後だからね。
親猫 ミミは、そっとお乳を近づけた。

もう離乳食を食べているのに
一番甘えん坊のハナちゃんが
お乳を吸っていた。

いとおしい

ミミは捨てられていた猫だった。

ごめんね

明日ね
里親さんへいくの
子猫たち
最後の夜なの、仲良く寝てね

夜はふけて
外には、満天の星

よかったね
あの星のもと
幸せにね
元気でね

忘れないからね
ずっと...ずっと..忘れない

明日香は部屋のドアをそっと閉めた...
ミミがかすかに、鳴いていた...

2002.9.20





No95

子猫

「ミャア〜 ミャア〜」

「待ってね、もうすぐだからね」

電車は、瀬戸大橋を走っていた。
遠くに瀬戸の島々がかすみ
陽の光は海にキラキラと輝いていた。

この子はきっと可愛がってもらえる
そんな予感のするさわやかな朝だった。

商店街の店先で鳴いていた子猫
キジトラ模様が可愛い
生後3ヶ月くらい

たいていこれくらいになると捨てられる
もう生きていけると
勝手な都合で捨てられる

動物の避妊手術は人間のエゴだろうか。
罪もない、子猫や子犬が殺処分されることのほうが
ずっと、つらくてかなしいことだと気づかない。

可愛がってもらってね
きっとね
いい人だよ

家族でみんな出迎えてくれるらしいの

..................

「わっ、可愛い 気にいりましたぁ
可愛がりますね!」

よかったね、よかったね

ビビちゃんという名前をつけてもらったね。

2002.9.19






No94

子犬

里美の朝は忙しい
皆を起こし、朝の支度を済ませて
犬の散歩をしてから
職場へと急ぐ。
いつもの散歩コ−スで
子犬がワンワンと草むらから出てきた。
もう3ヶ月くらいだから
ワンワンと警戒して吼えている。

どうしょう
もう時間がない

近所の犬を可愛がってくれるKさんに
頼んでみよう

「すみません〜あそこに子犬がいます。
帰ってくるまで預かってくれませんか?」

「いいですよ〜」

夕方迎えに行くと
さっぱりとシャンプ−をしてもらっていた。
「お腹にね、ダニがいっぱいだったよ」

よかったね
よかったね

どうみても、柴犬の子犬らしい
いらないから捨てる
ゴミのように捨てる
怒りが込み上げてくる

数日して
県北の冬は雪に 埋もれるほど
寒い場所だけど
大きな酒屋さんに貰われていくことになった。

条件は、避妊をしてもらうこと
フィラリァの薬を飲ませてもらうこと

なによりも、いままでに柴犬を飼っていたことが
里親さんとして決めた理由だった。

いろんな話しをして
お断りする里親さんもいままでにはいた。

そんな場合は
やんわりと
他にも里親さんの希望の方がいますので
もう一度こちらから電話をかけなかった場合は
申し訳ありませんとしている。

ほんのわずかに過ごした日々
チビちゃん、元気でね
もう会うこともない別れ

こうして、別れた子たち
生きている限り
幸せでいて欲しい...

2002.9.18






No93

帰省

東京から鹿児島までの
飛行機に乗った、ふたりだった。

修とお付き合いをして二年
加奈子は
お互いに結婚を意識して

鹿児島の修の両親へ会いにいくのだった。
加奈子には
両親はいない

どう想ってくれるだろうか...

心配そうにしている加奈子を見て
手をしっかり持った修は
ぎゅと握りしめた。

何も心配はいらない
そういうような力強い手だった。

優しい
苦労しているだけに
健気な加奈子が
修には、愛しい想いが募っていた。

どんなに反対されてもかまわない。
結婚するのは、僕だ。

修は、加奈子の肩をそっと寄せた..

飛行機はやがて
離陸をはじめていた。

2002.9.17





健康診断

No92


静かな午後のひととき
朝子はなぜか
高校の時の身体検査を思い出していた。
全校一斉に行われていて
各部屋で
耳、目、体重測定、健康診断、があった。

混んでいない部屋を探し
いかに早く済ませるか..

すべて済んでしまえば
勝手に帰っていいものだった。

朝子は
せっかちだし
人と一緒になって行動することは嫌いだったから
さっさと済ませて
カ−ドを提出する場所に置いて帰った。

その場所は廊下に机を出していて
置くだけだった。

誰も受け取る人もいない。

朝子は、翌日聞いた

男子生徒が
済んでしまったカ−ドを見て
楽しんでいたことを。

見るところは
ただひとつ
バストの大きさだということを。

2002.9.13





No91

間違い

「ごめん下さい ○○うどんですが
間違えていた、お金をお返しに上がりました。」

「あの〜 そんなつもりで電話をかけたのでは..
恐縮です..」

「いえいえ 申し訳ありませんでした
今後はこんなことのないよう
充分注意いたしますので...」

華子は玄関で恐縮していた。
先日、家族と行った、ショッピングセンタ−で
うどんを食べていた。

自分でトッピンクするというものだった。
払う時、3人分にしては
多いなとは思ったけれど
計算が苦手な
華子はこんなものかな、なんて
のんきなところがあった。

帰りの車の中でレシ−トを見ると
4人分の計算になっている

いいけれど
一応、電話だけしておこう
850円も多く払っていた。

電話番号と住所を聞かれて
教えたけれど
こうして、返しにくることは
思ってもいなかった華子だった。

経営者の真摯な気持ちが受け取れて
さわやかな午後だった。

2002.9.12





子犬

No90

「ねぇ シ−ズ−の子犬が生まれたけど見にこない?」

麻子は会社の同僚に誘われていた。
どうしょうかな..

子供に話すと、見たいという

行ってみれば
まだ目も開いていない

まもなくして、もう一度見せてもらうと
ぺっちゃんこの顔が
愛嬌があり、可愛い

元気な男の子を貰う約束をして帰った。

後日、行ってみると
違う子を渡してくれた

あれ? おかしいな?
この子じゃないはず?

友は、絶対この子だという

???

いいということにしてその子を
貰って帰った。

その時は何も思わなかったけれど
3ヶ月過ぎると
あまりの気の強さに
家族全員が
指や足を噛まれることを
麻子はまだ知らなかった...

2002.9.11





映画

No89

琴美は思い出していた。

「フォ−エヴァ−.ヤング」の切ないまでの愛の
美しさ、胸のときめきを。

1930年代後半
空軍のテストパイロットのダニエルには
ヘレンという恋人がいた。

結婚しようがなかなかいえなくて
食事に誘ったのに言えなくて
別れる時
ヘレンは交通事故に遭う。

ヘレンは植物状態になり
絶望したダニエルは冷凍睡眠装置の実験台に
なってしまう。

もしもヘレンが目覚めたら起こしてくれと言い残して..

1990年代
軍の倉庫で遊んでいた子供たちが
ダニエルを起こしてしまう。

そして、目覚めたダニエルは
強い、優しい、おもしろい。

ヘレンの行方を探すうち
ふとしたことで
まだ彼女が生きていることをつきとめる。

飛行機を操縦し
ヘレンに逢いにいくダニエル

急速に老化が進んでいた。

逢えた時のあのラストシ−ンが

いつまでも
心に残り

琴美は、ひとつ大きなため息をついていた...

2002.9.10




No88

映画

琴美は独身だった。

まだ、心ときめいて
この人...って思う人に巡り会っていない..

以前、確かテレビで見た映画を想い出していた....

伝えられなかった愛の言葉
切なさが胸にしみる
ファンタジック.ラブ.スト−リ−

どうしても伝えたかった、一言をいえずに
別れてしまった、彼
あの時、素直になっていれば
想いを伝えていれば...

それが永遠の別れになるとも知らずに
後悔の日々

そんな切なさを50年も持ち続ける

「フォ−エヴァ−.ヤング」

時間が経っても
年を取っても

愛は色あせない
そんな映画だった....

琴美は、その映画を思い出そうとしていた。


2002.9.9

(明日へ続く)






里親捜し

No87

「まあ、可愛い、この子もらえるんですか?」

「はい!メスですけど..かならず避妊手術して
完全室内飼いをしてくださるのでしたら...
いままでに、猫は飼ったことがありますか?」

「あ、あります。病気で死んでしまって..」

「何年生きました?」

「12年です。猫白血病になってしまって..」

「猫は外飼いすると、ケンカをして、猫エイズなどの病気を
もらうことがあります。子猫の時から室内で育てれば
外の世界を知らなくても、暮らせる動物です。
可哀想な気もするでしょうが
交通事故に遭うことが多いのです。
こちらの条件としては、外には出さないこと
一年に一度、ワクチンをお願いいたしますね
必ず避妊して下さいね
5ヶ月過ぎたら、いつでもいいです。」

「はい、わかりました。」

「それでは、ご住所とお名前、電話番号を教えてくださいね
もし、何かありましたら、ここに電話を下さいね
どうしても飼えないときは、また受け取りますので
ご連絡下さいね
この子は、おとなしくいい子です。可愛がってくださいね

はなちゃん ばいばい

可愛い名前つけてもらってね」

さとみは保護した子猫を連れて
里親捜しに来ていた。

ほんのわずかなふれあい
出会いがあって、別れ

この子が幸せになって欲しい

願いをこめて
里親さんの手へ

こうしていくつもの
別れ

いつものことなのに
切なくて
さみしい...

2002.9.8





ひまわり

No86

季節はずれに咲いていたひまわりを
眺めていた、千賀子は
「ひまわり」の映画を思い出していた。

愛しあっていたふたりは
戦争によって引き裂かれる。

待っても、待っても
帰ってこない恋人を
捜して、ロシアへと旅立つ女性

そこで見たのは
幸せに結婚していた姿だった。

その奥さんは助けた時の様子と
靴を見せる

献身的な介護により
やっと助かった命だと..

そして、逢わずに帰ろうとする女性は
駅で、恋人と再会する。

何も話せないまま
列車に飛び乗った

列車の中で号泣する女性

窓の外は
一面のひまわり畑
どこまでも、どこまでも続く

哀しみのひまわり畑

やがて、男性は恋人に逢いに
イタリアへ帰ってくる。

そこには、結婚して子供のいる
女性がいた..

戦争によって、引き裂かれた愛だった。

あの時のひまわりが
涙を誘っていた。

あのひまわり畑が
撮影の為、スペインへ行ったことは
ずっと後で知ったことだった。

アリスの谷村さんが
いつか、テレビで話していたことを思い出していた。
あの映画を見て
すぐロシアに飛んだのです。
ひまわり畑が見たくて。
そしたら
スペインで撮影されたことを聞きました..

この話しを思い出して
千賀子はクスリと笑った...

2002.9.7




No85

映画

加奈はふと見上げた空に
飛行機雲が長く長く伸びるのを見ていた。

ずっと以前
映画のタイトルも忘れてしまったけれど
飛行機に乗ったふたりが
恋に落ちた映画を思い出していた。

ある時ふたりは
飛行機で隣の席になった。
なんとなく話しがはずみ
途中の通過飛行場、ロ−マで
何時間かの
待ち時間があった。

観光に出かけたふたりは
時間に遅れてしまい
飛行機に乗れなかった。

その飛行機はエンジントラブルにより
墜落してしまう..
全員が亡くなった。

ふたりの名簿も提出されていた。

恋に落ちていたふたりは
世間から
抹殺された生活を送る
男には妻子があったからだった。

女性は新進のピアニストだった。

一緒に暮らすうち
男性が開発していた仕事に未練があることを
見ぬいてしまう女性。

また、ピアノを弾く生活が始まった
たったひとり生き残ったことが
世間に知れて
男性の家族が女性に会いにやってくる。
そして、その男性の子供は
父親が生きていることを
直感する。

それに気づいた女性は
泣きながら、決心する
家族に返してあげよう、あの人を。
嫌いになったと告げ
ピアノの演奏旅行に出かける
女性は、飛行機の中で
泣き濡れている
それが
ラストシ−ンだった。

テレビで見た
白黒映画

なぜか心にいつまでも残っていた。

2002.9.6


旅行

No106

どこへ着くのかわからないミステリ−旅行
母と乗った
加奈子の独身最後の旅

いつも父に気を遣い
無口な母が
旅先では

どこに行ってもニコニコと笑い
美味しいものを食べると

こんな美味しいものを食べたことがないと
手ばなしで喜び

着いた宿は
窓から一面の海の夕焼けだった。

沈んでいく太陽が
惜しみなく輝いて

二度とはみることもないような
真っ赤な太陽

生きていることが素晴らしいと
おもえるような、ひととき..

夕食には、樽酒がふるまわれて
一合枡を大事にもらって帰った
母の顔

あの母の喜びの顔を

加奈子は忘れることができないでいた...

2002.9.30





子犬

No105


「真っ白な子犬、受け取りに行きますね」

そんな電話が入った。
こちらに着くのは、22時になってしまうのに...
そう思った、早苗だった。

少し前に近くの電気屋さんでうろついていた
真っ白な子犬

ドブに落ちたりして
びっくりの色

シャンプ−すると
真っ白な、可愛い子

何人もの欲しい方がいて
子供さんがたくさんいる
Fさんのところへ行くことになった。

奥さんがタクシ−の運転手をしてた。
それで二時間もかけて
こんな時間に受け取りの電話が入っていた。

近くの駅で待ち合わせて
いつものお願いをして
最後の別れ

散歩、たくさん連れて行ってもらってね
お兄ちゃんたちがたくさんいるから
可愛がってもらえるよ。

フ−ドを持って行きました。
いつもの

元気でね
可愛がってもらってね

2002.9.29





ブラウス

No104


犬の散歩で亜美はふと
こんなことを思い出だしていた。

秋の日は突然にやってきて
今朝は肌寒い

こんな急に冷えた日に
母が着せてくれた長袖のブラウス

少し前から縫ってくれていた。
水色のギンガミチェック
丸い襟が可愛くて
胸のところには
フリルがたくさんあった。

朝、起きると
出来あがっていて

嬉しくて笑った顔の
母と私

そんな懐かしいヒトコマ

ぼんやりと彼岸桜を眺める私に
犬たちは
早く行こうよぅと
催促していた。

2002.9.28





汽車

No103

昭和20年5月に芙美の父は戦死していた。

戦後、父の納骨のため
京都へ向かう汽車に乗ろうとしていた。

復員してきた兵士たちで
駅はごったがえし
とても乗れそうもなかった。

その時
こっちへおいで
中から声をかけてくれた人がいた。

すると
駅員がふわっと抱え上げてくれて
乗れたのだった。

5歳だった芙美は

その人がいつまでも頭をなぜてくれた
記憶だけが残っていた。

2002.9.27





面影

No102


修は夜汽車に乗っていた。
東京への受験に向かうためだった。

当時はまだ夜汽車で向かうことが普通だった。

旅行好きの父は
夜汽車はいいなぁ
その言葉が心に残っていた。

青春時代に誰でもが
感じること

父が疎ましく思えて
東京行きの汽車に乗ったのだった。

あれから父は
3年後、僕に山のように
話す言葉を残して
遠い世界へと旅だった。

あとになり思うこと
何か伝えたいことがあったに
違いない

遠い日の
面影の父は淋しげだった...

2002.9.26





修学旅行

No101

由美は思い出していた。
中学校の修学旅行

奈良の公園で、他校の生徒と一緒になった。
あっ、 あの人がいる

小学校二年生の時
よく遊んだけど...

向こうも気づいているはずなのに
しらんぷりしている

話すこともない別れ
一瞬のすれ違い

聞いてみようか
帰ってきたら。

あの時は気がついていたの?
どうして声をかけてくれなかったの?

それから
4年後に出会うなんて思ってもいないから
ふたりとも
まだ、何も気づかなかった。

神様が決めた、赤い糸の人だったことを。

2002.9.25






詩集

No100

真由は、古い詩集をそっと開けてみた。
若い頃に書きためたポエム
なぜか捨てられずに
いままで持っていた...

セピア色になり遠い日の影を写していた...
・‥…・・・★・‥…・・・★

淋しくないなんて嘘

出会った、あの場所は

今 緑がいっぱい

嫌いになろうとした、あの日々

そうして欲しいと思ったあの人の心

でも

聞きたかった、ホントのこと

何も言わない
言ってくれないことが
言ってくれないことで

嫌いになれたと錯覚している

思い出だけを持って生きていくのね

もう...
..............................................................................

飛んでいきたいよ

蒼い空
白い雲

あの雲に乗り、飛んでいきたいよ

遠い日に見た夢
初夏の風

もう戻れない日々

心の奥に閉じこめて

季節は巡り

思い出は遠くなっていく

....................................

星くずをちりばめたような

思い出がいっぱい
心にいっぱい

小さな思い出をありがとう..

生きていた、わたしの小さな思い出

心にずっと残る
残っている

消せないはずだから

....................................

風になり
雲になり

飛んでいきたいと思った

あの遠い日

雨の音
花の色
風のささやき

なにもかもが

いとおしいと思った

あの懐かしい日々...

そんな、あの頃の

思いは、誰の心にも

そっと、抱いていますね...

涙色の切なさは

心の隅に今も

残っている...

..............................................................

さようならがあるから

時が流れ
季節が流れ

想いは遠くなっていく

淋しいけれど
これでいいんだと
そう想うことで
思い出は、心に輝く...

いつの日か、元気です。

そういえる日まで
その日まで...

 人はさようならをいう時
 一番美しい姿になる
 目に光りが生まれ
 胸に愛が溢れてくる

 さようならがあるから

 生きているって...
 いえるよね..

...........................................

風になり
雲になり

飛んでいきたいと思った日々

切なくて、恋しくて
人を好きになることが

こんなにもつらいと思った日々

雨の音
風のささやき
花の色

何もかもが
いとおしくて

ひとり泣いた

あの遠い日

風になり
雲になり

飛んでいきたいと思った日々
涙色のあの切ない日々

.......................................................


電車から動く景色を眺め
歩きながら、空を眺め
凍てつく夜に星を眺め
あの人のことを想った
遠い日....

あの人への想いはあふれ
どうしようもない気持ちを
どこにも持っていけない気持ちを
ひとり、心に閉じこめて
あの人は
こんなわたしがいたことさえ
知らない....

...........................................................

雨に打たれて花びらが、はらはらと舞い散る

遠くの花も、わたしの知らないところで散っている

会うこともなく、約束をするでもなく
遠い日に出会った人
木の葉だけが知っているかのように
淋しげに葉を震わせる

同じ時刻、違う場所で
同じように
雨に打たれて、梅の花びらが散っていく
その人の肩に
私の肩に
静かに、そっと...

...............................................................

ある雑誌に載っていました
千度、呼べば
思いが通じるという...

出逢うこともないはずの
出逢い...

神様がうっかり数え間違えたのですね
もう、遠い日のことですね

..................................................................

秋は

人恋しくて、切なくて

そんな想いをした、あの頃

あの人のことを想うと

枯れ葉が舞うのでさえ

なぜか、淋しくて

お願い..私を見てね

幾度、そう思ったことでしょう...

.......................................................................


いつの日か、きっと

美しく思い出される日

一緒にいられるだけでいいと思った

あの日...

いつの日か遠くになり

思い出は、色あせることなく

心のすみで輝く...

........................................................................

あの人

あの人は遠くで

あの人は知らないことで

花も、風も、空も、雲も
みんな、みんな知っていて

この想いは、伝えられなくて
季節は流れ、いつしか
通りすぎていく人...

今は、せめて花たちへ

あの人は、元気でいるでしょうか...
そう伝えてね...

・‥…・・・★・‥…・・・★

そして、真由はもうひとつ最後に
ポエムを書き足した...


.....................................
戻りたい

もう一度戻れるものならば

ふたりは若くて、若くて
コワイものがなくて
海へ来ていて青春で
お互いに好きで
海へいったよ
わたしにkissしたいのに
いえなくて
わたしも、して欲しいのにいえなくて
そんな若いふたり
ふっと 
潮風が私の髪をなぜていったよ
若くて、若くて コワイものがなくて
ふたりでいられるだけでいいと思ったあの頃

懐かしいあの頃
心が震えて、海も空も波も
みんな美しい、切ない、そう思ったあの頃
たった、一日だけでも
戻れるものならば 
悪魔に魂を売ってしまいそう
そんなわたし...


..................................................................

2002.9.25






No99

あの日は朝から大雪だった。
F子はいつもの電車に乗るために
駅へと急いでいた。

着いてみれば、
大雪のためなのか不通になっていた。

仕方なく歩き始めた。
貯金局までは、ずいぶん遠かったけれど
遅れてでも行かなければならないと
思っていた。

途中からなにやら
空気がおかしい
人の気配はない

兵隊の数が異様に多い。

ついに、憲兵から呼び止められた。

「貴様! どこへゆく!」

「はい、あのう 職場まで..」

「帰れ! すぐにだ!」

「はい..あのう..」

あまりの剣幕に
急いで引き返し始めた
F子だった。

あとになって知ったこと

それは、2.26 事件だった。





尾道駅

No98

終戦の年、M子は5歳だった
連絡線を降りて、母と急いだ
尾道駅には、人々がごった返し
蒸気機関車がホ−ムに入ってくると

人々は改札口へ殺到した。
人ごみに押しつぶされそうになりながら
半ベソをかいていた。

その時に兵隊さんが
さっと抱き上げて
窓から車内へ入れてくれた。

そして背嚢から出してくれたもの

それはみたこともない
金平糖というお菓子だった

甘く切ない思い出

あの兵隊さんは
故郷へ帰り着いたのだろうか

そんなことを思うM子の前に
新幹線 こだまが 静かに入ってきた。

2002.9.23





琵琶湖

No97

大阪から初めて乗った北陸本線
サンダ−バ−ド

由紀子は少し元気がなかった。
琵琶湖が近づいてくると
車内の温度が急に冷え込んできた。

北に向かっているんだもの
寒いわけだわ
そんなことを思っていると

目の前に海のような
景色が広がった。

ずっと海の側で過ごしていた由紀子にとって
それが琵琶湖だということに気づくまで
少しの間、時間がかかった。

うわ〜 すごい広い〜
心でつぶやいて

ほんの些細なことじゃない
こんなこと。
たいしたことなくてよかった
捕まったから
事故もおこさなかった。

そう思えば
気持ちも軽くなった。

どこまでも海のような景色が広がっていた。

由紀子は、子供が制限スピ−ド30キロオ−パ−で
捕まったために
未成年だということで
親の呼び出しを受けて
金沢へ向かっている途中だった....

2002.9.21




別れ

No96


明日香は子猫たちをもう一度
抱き上げた。
シャムの可愛い子猫たち
4匹が丸まっている。

今夜が一緒にいられるのも最後だからね。
親猫 ミミは、そっとお乳を近づけた。

もう離乳食を食べているのに
一番甘えん坊のハナちゃんが
お乳を吸っていた。

いとおしい

ミミは捨てられていた猫だった。

ごめんね

明日ね
里親さんへいくの
子猫たち
最後の夜なの、仲良く寝てね

夜はふけて
外には、満天の星

よかったね
あの星のもと
幸せにね
元気でね

忘れないからね
ずっと...ずっと..忘れない

明日香は部屋のドアをそっと閉めた...
ミミがかすかに、鳴いていた...

2002.9.20





No95

子猫

「ミャア〜 ミャア〜」

「待ってね、もうすぐだからね」

電車は、瀬戸大橋を走っていた。
遠くに瀬戸の島々がかすみ
陽の光は海にキラキラと輝いていた。

この子はきっと可愛がってもらえる
そんな予感のするさわやかな朝だった。

商店街の店先で鳴いていた子猫
キジトラ模様が可愛い
生後3ヶ月くらい

たいていこれくらいになると捨てられる
もう生きていけると
勝手な都合で捨てられる

動物の避妊手術は人間のエゴだろうか。
罪もない、子猫や子犬が殺処分されることのほうが
ずっと、つらくてかなしいことだと気づかない。

可愛がってもらってね
きっとね
いい人だよ

家族でみんな出迎えてくれるらしいの

..................

「わっ、可愛い 気にいりましたぁ
可愛がりますね!」

よかったね、よかったね

ビビちゃんという名前をつけてもらったね。

2002.9.19






No94

子犬

里美の朝は忙しい
皆を起こし、朝の支度を済ませて
犬の散歩をしてから
職場へと急ぐ。
いつもの散歩コ−スで
子犬がワンワンと草むらから出てきた。
もう3ヶ月くらいだから
ワンワンと警戒して吼えている。

どうしょう
もう時間がない

近所の犬を可愛がってくれるKさんに
頼んでみよう

「すみません〜あそこに子犬がいます。
帰ってくるまで預かってくれませんか?」

「いいですよ〜」

夕方迎えに行くと
さっぱりとシャンプ−をしてもらっていた。
「お腹にね、ダニがいっぱいだったよ」

よかったね
よかったね

どうみても、柴犬の子犬らしい
いらないから捨てる
ゴミのように捨てる
怒りが込み上げてくる

数日して
県北の冬は雪に 埋もれるほど
寒い場所だけど
大きな酒屋さんに貰われていくことになった。

条件は、避妊をしてもらうこと
フィラリァの薬を飲ませてもらうこと

なによりも、いままでに柴犬を飼っていたことが
里親さんとして決めた理由だった。

いろんな話しをして
お断りする里親さんもいままでにはいた。

そんな場合は
やんわりと
他にも里親さんの希望の方がいますので
もう一度こちらから電話をかけなかった場合は
申し訳ありませんとしている。

ほんのわずかに過ごした日々
チビちゃん、元気でね
もう会うこともない別れ

こうして、別れた子たち
生きている限り
幸せでいて欲しい...

2002.9.18






No93

帰省

東京から鹿児島までの
飛行機に乗った、ふたりだった。

修とお付き合いをして二年
加奈子は
お互いに結婚を意識して

鹿児島の修の両親へ会いにいくのだった。
加奈子には
両親はいない

どう想ってくれるだろうか...

心配そうにしている加奈子を見て
手をしっかり持った修は
ぎゅと握りしめた。

何も心配はいらない
そういうような力強い手だった。

優しい
苦労しているだけに
健気な加奈子が
修には、愛しい想いが募っていた。

どんなに反対されてもかまわない。
結婚するのは、僕だ。

修は、加奈子の肩をそっと寄せた..

飛行機はやがて
離陸をはじめていた。

2002.9.17





健康診断

No92


静かな午後のひととき
朝子はなぜか
高校の時の身体検査を思い出していた。
全校一斉に行われていて
各部屋で
耳、目、体重測定、健康診断、があった。

混んでいない部屋を探し
いかに早く済ませるか..

すべて済んでしまえば
勝手に帰っていいものだった。

朝子は
せっかちだし
人と一緒になって行動することは嫌いだったから
さっさと済ませて
カ−ドを提出する場所に置いて帰った。

その場所は廊下に机を出していて
置くだけだった。

誰も受け取る人もいない。

朝子は、翌日聞いた

男子生徒が
済んでしまったカ−ドを見て
楽しんでいたことを。

見るところは
ただひとつ
バストの大きさだということを。

2002.9.13





No91

間違い

「ごめん下さい ○○うどんですが
間違えていた、お金をお返しに上がりました。」

「あの〜 そんなつもりで電話をかけたのでは..
恐縮です..」

「いえいえ 申し訳ありませんでした
今後はこんなことのないよう
充分注意いたしますので...」

華子は玄関で恐縮していた。
先日、家族と行った、ショッピングセンタ−で
うどんを食べていた。

自分でトッピンクするというものだった。
払う時、3人分にしては
多いなとは思ったけれど
計算が苦手な
華子はこんなものかな、なんて
のんきなところがあった。

帰りの車の中でレシ−トを見ると
4人分の計算になっている

いいけれど
一応、電話だけしておこう
850円も多く払っていた。

電話番号と住所を聞かれて
教えたけれど
こうして、返しにくることは
思ってもいなかった華子だった。

経営者の真摯な気持ちが受け取れて
さわやかな午後だった。

2002.9.12





子犬

No90

「ねぇ シ−ズ−の子犬が生まれたけど見にこない?」

麻子は会社の同僚に誘われていた。
どうしょうかな..

子供に話すと、見たいという

行ってみれば
まだ目も開いていない

まもなくして、もう一度見せてもらうと
ぺっちゃんこの顔が
愛嬌があり、可愛い

元気な男の子を貰う約束をして帰った。

後日、行ってみると
違う子を渡してくれた

あれ? おかしいな?
この子じゃないはず?

友は、絶対この子だという

???

いいということにしてその子を
貰って帰った。

その時は何も思わなかったけれど
3ヶ月過ぎると
あまりの気の強さに
家族全員が
指や足を噛まれることを
麻子はまだ知らなかった...

2002.9.11





映画

No89

琴美は思い出していた。

「フォ−エヴァ−.ヤング」の切ないまでの愛の
美しさ、胸のときめきを。

1930年代後半
空軍のテストパイロットのダニエルには
ヘレンという恋人がいた。

結婚しようがなかなかいえなくて
食事に誘ったのに言えなくて
別れる時
ヘレンは交通事故に遭う。

ヘレンは植物状態になり
絶望したダニエルは冷凍睡眠装置の実験台に
なってしまう。

もしもヘレンが目覚めたら起こしてくれと言い残して..

1990年代
軍の倉庫で遊んでいた子供たちが
ダニエルを起こしてしまう。

そして、目覚めたダニエルは
強い、優しい、おもしろい。

ヘレンの行方を探すうち
ふとしたことで
まだ彼女が生きていることをつきとめる。

飛行機を操縦し
ヘレンに逢いにいくダニエル

急速に老化が進んでいた。

逢えた時のあのラストシ−ンが

いつまでも
心に残り

琴美は、ひとつ大きなため息をついていた...

2002.9.10




No88

映画

琴美は独身だった。

まだ、心ときめいて
この人...って思う人に巡り会っていない..

以前、確かテレビで見た映画を想い出していた....

伝えられなかった愛の言葉
切なさが胸にしみる
ファンタジック.ラブ.スト−リ−

どうしても伝えたかった、一言をいえずに
別れてしまった、彼
あの時、素直になっていれば
想いを伝えていれば...

それが永遠の別れになるとも知らずに
後悔の日々

そんな切なさを50年も持ち続ける

「フォ−エヴァ−.ヤング」

時間が経っても
年を取っても

愛は色あせない
そんな映画だった....

琴美は、その映画を思い出そうとしていた。


2002.9.9

(明日へ続く)






里親捜し

No87

「まあ、可愛い、この子もらえるんですか?」

「はい!メスですけど..かならず避妊手術して
完全室内飼いをしてくださるのでしたら...
いままでに、猫は飼ったことがありますか?」

「あ、あります。病気で死んでしまって..」

「何年生きました?」

「12年です。猫白血病になってしまって..」

「猫は外飼いすると、ケンカをして、猫エイズなどの病気を
もらうことがあります。子猫の時から室内で育てれば
外の世界を知らなくても、暮らせる動物です。
可哀想な気もするでしょうが
交通事故に遭うことが多いのです。
こちらの条件としては、外には出さないこと
一年に一度、ワクチンをお願いいたしますね
必ず避妊して下さいね
5ヶ月過ぎたら、いつでもいいです。」

「はい、わかりました。」

「それでは、ご住所とお名前、電話番号を教えてくださいね
もし、何かありましたら、ここに電話を下さいね
どうしても飼えないときは、また受け取りますので
ご連絡下さいね
この子は、おとなしくいい子です。可愛がってくださいね

はなちゃん ばいばい

可愛い名前つけてもらってね」

さとみは保護した子猫を連れて
里親捜しに来ていた。

ほんのわずかなふれあい
出会いがあって、別れ

この子が幸せになって欲しい

願いをこめて
里親さんの手へ

こうしていくつもの
別れ

いつものことなのに
切なくて
さみしい...

2002.9.8





ひまわり

No86

季節はずれに咲いていたひまわりを
眺めていた、千賀子は
「ひまわり」の映画を思い出していた。

愛しあっていたふたりは
戦争によって引き裂かれる。

待っても、待っても
帰ってこない恋人を
捜して、ロシアへと旅立つ女性

そこで見たのは
幸せに結婚していた姿だった。

その奥さんは助けた時の様子と
靴を見せる

献身的な介護により
やっと助かった命だと..

そして、逢わずに帰ろうとする女性は
駅で、恋人と再会する。

何も話せないまま
列車に飛び乗った

列車の中で号泣する女性

窓の外は
一面のひまわり畑
どこまでも、どこまでも続く

哀しみのひまわり畑

やがて、男性は恋人に逢いに
イタリアへ帰ってくる。

そこには、結婚して子供のいる
女性がいた..

戦争によって、引き裂かれた愛だった。

あの時のひまわりが
涙を誘っていた。

あのひまわり畑が
撮影の為、スペインへ行ったことは
ずっと後で知ったことだった。

アリスの谷村さんが
いつか、テレビで話していたことを思い出していた。
あの映画を見て
すぐロシアに飛んだのです。
ひまわり畑が見たくて。
そしたら
スペインで撮影されたことを聞きました..

この話しを思い出して
千賀子はクスリと笑った...

2002.9.7




No85

映画

加奈はふと見上げた空に
飛行機雲が長く長く伸びるのを見ていた。

ずっと以前
映画のタイトルも忘れてしまったけれど
飛行機に乗ったふたりが
恋に落ちた映画を思い出していた。

ある時ふたりは
飛行機で隣の席になった。
なんとなく話しがはずみ
途中の通過飛行場、ロ−マで
何時間かの
待ち時間があった。

観光に出かけたふたりは
時間に遅れてしまい
飛行機に乗れなかった。

その飛行機はエンジントラブルにより
墜落してしまう..
全員が亡くなった。

ふたりの名簿も提出されていた。

恋に落ちていたふたりは
世間から
抹殺された生活を送る
男には妻子があったからだった。

女性は新進のピアニストだった。

一緒に暮らすうち
男性が開発していた仕事に未練があることを
見ぬいてしまう女性。

また、ピアノを弾く生活が始まった
たったひとり生き残ったことが
世間に知れて
男性の家族が女性に会いにやってくる。
そして、その男性の子供は
父親が生きていることを
直感する。

それに気づいた女性は
泣きながら、決心する
家族に返してあげよう、あの人を。
嫌いになったと告げ
ピアノの演奏旅行に出かける
女性は、飛行機の中で
泣き濡れている
それが
ラストシ−ンだった。

テレビで見た
白黒映画

なぜか心にいつまでも残っていた。

2002.9.6








No84
タンポポ


幼い亜希子は、列車に乗ると必ず
窓に顔をくっつけるようにして
景色をみることが好きだった。

まだ学校に行く一年前のことだから
父は、末っ子の亜希子をとても可愛がっていた。

亜希子を窓側に座らせて
必ず
窓の手すりをふいてくれた。
几帳面な父は
亜希子の手が汚れないように
いつも拭いてくれていた。

それはまだ煤煙を出す
SL列車だからだった。

幼い亜希子だったが
ある日の光景

それは
線路にどこまでも
続く
タンポポの花だった。

まるで
蒔いたように
一直線に続いていた。

あれは、きっと
列車が運んだタンポポに違いない。

そんなふうに
話してくれたような
思い出があった。

あれから

数えられないほどの季節が
流れて

その父も今はもういない...

2002.9.5




No83

居眠り


家から電車で40分

市内の美術館に行って
中国秘宝展を見ての帰り

流れる景色を追いながら
眠らないように
眠らないように

呪文のように繰り返えしていた。
たいてい
眠ってしまうからだった。

恵は
そんなことを考えながら
電車の揺れに
瞼を閉じていた。

独身時代もこうして
一時間もかけて
電車に乗ったこと
そして
バスで20分
若いから、ちっとも
疲れなかったこと。
むしろ
楽しみだった
市内の大きな図書館の利用が楽しみだった。

そして、うとうとしていた恵は

降りる駅を通り過ぎたことを
まだ知らなかった..

2002.9.3





No82



JR大阪駅発、住吉駅止まりの
列車
皆それぞれにいろんな
心の荷物を抱えていた。

あの日から
「ふつう」に過ごしてはいる。
昼は会社に行き
夜は半壊した我が家へ

西宮駅に近づくと
暗闇が襲ってくる。

廃墟が続いている。
みさとは
不意にあふれ出た涙をこらえられずに
窓に顔をくっつけた。

ふと、向かいの席を見ると
初老の男性が
ポロポロと涙を流している

...............
あれから
いくつも季節が過ぎた
あの日泣いたこと...

あの男性も
家族を亡くしていたのだろうか
それとも
私に対する優しい涙だったのだろうか...

2002.9.1