Short Story 

No1 (2002.6.14〜2002.7.31)

No4 (2002.10.2〜2002.10.31)


No 133

不明者リスト

たまみちゃん
帰ってあそぼ〜

うん
でも
お手伝いせないけんの〜

なんだぁ
そう
ふ-ん

ごめんね

かおりは、小学生の頃の
珠美ちゃんを思い出していた。

珠美ちゃんのお母さんは
二度目のお母さんだった。

下にふたり弟が生まれていた。

子供心にいつも
珠美ちゃんのお母さんが
怒ったような顔をしているのが
感じられていた。

学校帰りに遊びの約束をしても
遊んだことはなかった。

あれから
たくさん季節が過ぎて

珠美ちゃん
幸せでいるだろうか

同窓会名簿の
不明者リストの文字が

重く心に載っていた...

2002.11.30


No 132

そそう

遠い日の風を眺めるように
麻美は、思い出していた。

小学校へ入学して
まもなくのこと

授業が終わり
みんなが立つと
ざわざわという声が響いた

わぁ〜
非難と、笑いと、あざけりが
教室に広がった。

S子ちゃんがおしっこをしていた。
椅子の下には
かなりの量が広がっていた。

とうとうガマンできなくなったらしい。

女の先生が飛んできて

「いいのよ、先生が
気づいてやれなくてごめんね」

さっ〜と
雑巾で床を拭いた先生は
急いでS子ちゃんを
保健室へ連れていった

あまりの手際のよさに
教室内では

ほっとした空気が流れていた。

遠い、遠い日のこと...

お寺の娘さんだった
S子ちゃんとは

また、同窓会で会う予定にしていた。

2002.11.26





No 131

同窓会

「山田です わかりますか?」
いくら話しかけられてもわからなくて
面影さえもない

ふくよかで、どう考えても
思いだせない
相手は、旧姓で言ってくれているのに
里美は思い出すことができず
ごめんなさいと言った

中学を卒業してから
もう数えられないほどの月日が流れていた。

小さな港町
同学年で450人もいたから
無理はないけれど
相手は思い出してくれているのに
ちっとも、わからなくて
里美は謝っていた。

そして
帰ってしばらくして
家事をしている時
突然に思いだした。

美里ちゃん!
ああ なんてこと
同じ地区に住んではいたけれど
遠くて、あまり遊んだこともなく
とても成績のよかった、美里ちゃんは
有名進学校に行って会うこともなかった。

しばらくして
手紙で謝り、次の同窓会の時は
絶対に話そうね
そう書いていた。

里美は来年1月3日の
同窓会を楽しみにしている。
夫と一緒の出席はまた
ハズカシイのだけど...

2002.11.21





No 130


夜のしじまが明けてきて
そっと、犬の名を呼んでみる

我が家に来た日
箱に入って、スヤスヤと眠り
起きると、おしっこしてはまた眠り

みんなの笑顔がはじけた

気位の高い眼差し
優々と歩く姿

妥協を許さず
気に入らなければ、うなり声が聞こえてきた

そんな性格だからこそ
4度の腫瘍の手術に耐え
最後まで
良く食べてくれて

あっと
逝ってしまった
あの子のこと

そっと、そっと
思う静かな、静かな
夜明けです。

絆は不思議で
我が家にいるようになっていた
あの子の一生がもたらした
いくつもの笑顔
いくつもの楽しみ

だからこそ
思い出は

消えることのない走馬灯

2002.11.17



交換

No129

「この子に合うような服があったら
交換してほしいのですが..」

フサエは、少しばかりのお米を持って
会社の役職宅へそっと行ってみた。

昭和21年のことだった。
子供服なんて買おうと思ってもないし
ましてや、布もない時代だった。

これでよかったらと
出してもらったものと
交換して帰ったフサエだった。

夫の実家は農家だったので
お米は不自由していなかった。

また近いうちに
お米をもらいに行くのに
3歳になる子供に着せる服がなかった。

......

ずっと後になって
フサエは思った
あの時は何も思わなかったのだけれど

あの子に着せた服は
どうも寝巻きのようなものだったと..

あの時は何もわからずに
着せて汽車に乗ったけれど..

生きることに
食べることに

精一杯だったと...

2002.11.11







No128

K君は雪が大好きでした。
雪が降ると子供のようにはしゃぎ、喜びました。

暮れから風邪気味で
お正月休み明けに休みました。
どんなに熱があっても休んだことがありませんでした。

いま思えば
どんなに体がつらかったことでしょうか..

会社で寒くてたまらない
弱音を吐きました。

誰しもが、ヘンだとは思いました。
が、30代のK君の命が
そこまで
蝕まれているなどと
誰が思ったでしょうか..

2月の祭日前の土曜日に
とうとう入院となりました。
風邪気味で病院へ行ったまま
血液検査をして
そのまま帰れなかったのでした。

白血病の疑いでした。
月曜日に、ベットまで
事務の引継ぎに、事務員さんが来てくれました。

そのまま
遠い病院へ転送となりました。

病院先で
検査ばかり
3日目に酸素テントに入りました。
苦しい息の下で
上司のYさんに会いたい
いや、やはりいい
こんな姿はみせられない
と弱音を吐いたそうです。

Y上司が見舞いに駈けつける土曜日の朝
雪は降り積もり
さらさらと粉雪が舞いました。

その時すでに
K君は天に召されていました。

誰しもが信じられずに耳を疑いました。

葬儀の日
K君が
あんなに好きだった雪が
みんなの涙を誘うかのように
はらはらと舞いました。

上司のYは
溢れる涙を押さえることはできず
早目に会いに行ってやれなかったことを
悔やみました。

男泣きする肩に
雪はいつまでも
降り積もっていきました...

まるでK君の涙のように...

2002.11.6





坂道

No127

真由は思い出していた
4月のまだ、夜は肌寒い日のことだった

中学に入ってまだ間もないのに
両親に黙って
部活動に入り
とっぷりと陽は暮れて
走りながら、家路を目指していた

家までは遠く
坂道のある、寂しい道をひとつ越えなければ帰れない

夢中で走りぬけ
息をあげて帰った真由に
父のカミナリ声

母は真由を迎えに行っていっていない

泣きながらもう一度
あの坂道へと走った

それが心配な父は
また、追いかけてくる

真由のお下げ髪は
走るたびに揺れて
花冷えの中に
見え隠れしていた...

2002.11.3




献血

No126

由美は、帰ってきた夫にいきなり言われていた。

「会社の同僚のお父さんに献血してくれないか?
AB型はいなくて困っているらしい
家族にいないうえに、親戚にもAB型が少ないらしいよ
その代わり、お宅の奥さん、取れるんですか?
体重は足りるのですかといわれたよ!」

「今、41キロか、42キロあるから
採れると思うけど。」

「何の病気?」

「家族はふせているけど、肺ガンらしい..」

「わかった。じゃどこにいけばいい?」

「会社の同僚のK君が、駅で待っているから
F市立病院へ行って欲しい
なにしろ、AB型は、K君だけだったよ
その代わり、献血は検査をして、ぴったり適合した人のだけ
もらうらしいよ」

「じゃ、水曜日ね わかった」

そして、当日

K君は言った

「いやあ、僕、血は苦手なんです
ドキドキしますよ 」

明るいK君の笑い声が、検査室に響いた。
..................

数日後
「この前の検査で、ふたりとも、ぴったりだったらしい
頼むよ、献血」 夫の声がした。

こうして、ふたりはまた、ならんで採血となった。
帰りに職場まで送ってくれたK君は
由美に明るく笑いかけ
とりとめない話しをして
笑わせてくれていた。

由美を下ろすなり
猛スピ−ドで走り去ったことがおかしくて
上司の奥さんだものね
仕方ないよね
安全運転していたみたい
由美はクスリと笑っていた。
......

それから、数年後K君は
急性白血病で、わずか1週間の入院で逝ってしまうとは
まだ、誰も知らないことだった...


2002.11.1