Short Story 

第1集(2002.6.14〜2002.7.31)
第2集、第3集(2002.8.1〜2002.9.30)
第 4集 (2002.10.2〜2002.10.31)
第5集(2002.11.1〜2002.11.30)



No 125

理恵子はふっと思い出すことがあった。
母と実家に帰ると
必ず母はうなだれていた。

自分には、父がいない
そのことが幼い自分にもわかっていた。

帰り路、ふりむくと
母の瞳は濡れていた。

理恵ちゃん、ごめんね
歌、歌おうか

駅までまだ遠いね

♪〜
線路は続くよ、どこまでも..

励ましの曲が
母は自分に向かって歌っていたと
そう思えるようになったのは
ずっと大きくなってからだった。

もうその頃の母の年齢より
多くなってしまった...。

理恵子はそっとつぶやいた。

2002.10.31





No 124

ツクシ

かおりは、いつものように夫の入院している
病院へと急いでいた。

検査入院のためだけなので
まもなく帰れることになっていた。

廊下ですれ違った同年輩の
方のつぶやきが聞こえたのは
昨日のことだった。

「今ごろ、ツクシなんてね」と、ため息をついていた。

「えっ、ツクシがどうかしました?」
思わず聞きかえしていた。

「いえ..義母がボケているのですが
ツクシが食べたいといいましてね
こんな時期ですしね。
ガンがすすんで、もういつ...」

「そうですか...」
「あのう、春に採ったものなんですけど
冷凍してあります。味をつけて冷凍のほうがいいかと
思って..味は落ちているかとは思いますけど
少しならありますけど..」

「えっ そうですか?
義母はもう、季節がわからないのです。
春だと思いこんでいて
だから、そう春だと言っているのです。
そしたら、つくしが食べたいと
ここ、5日ほど言い続けているのです。」

「明日、味を整えて、よかったら持ってきますね」
「春の味だと、言ってあげてくださいね」

「ありがとうございます。
助かります。」

かおりは、病室へと急いでいた...

2002.10.29




No 123

「オ−タム.イン.ニュ−ヨ−ク」


さすがのウィルも、彼女の命があと一年だと聞かされると
動揺してしまいます。

彼女を愛しているとわかりながらも
失う不安や哀しみにかられて
ほかの女性と浮気をしてしまいます。

それに気づいた彼女は言います。
「いくじなし!私は爪の先の勇気に生きているのよ」
と泣きじゃくる彼女に
ウィルは、彼女への愛の深さに気づきます。

「残りの時間、君を愛させてくれないか」
と頼むのでした。

やがて、ふたりの幸せな時間は
終わりに近づいてきます。

ウィルは、なんとかして
手術をしてくれる医者を探してきます。

クリスマスの近づく朝
シャ−ロットは倒れます...

ニュ−ヨ−ク、セントラルパ−クの
美しい紅葉、クリスマス風景

すばらしい音色に響く
ラブスト−リ−です。

2002.10.28




No 122

「オ−タム.イン.ニュ−ヨ−ク」


ゆりかは、秋の夜長にふと思い出していた。

ニュ−ヨ−クの美しい秋の景色の中で織り成す
悲しく切ないラブ.スト−リ−。
赤や黄色に美しく色づいた葉が、はらはらと散るように
ニュ−ヨ−クを舞台に短く燃えた、恋の物語

「オ−タム.イン.ニュ−ヨ−ク」
本物の愛に目覚めたとき、人はやさしく、そして強くなれる。

高級レストランを経営するウィル(リチャ−ド.ギア)は
次々と恋人を代え、48歳になっても独身生活を謳歌していた。

そんな時、22歳の誕生日にシャ−ロットがやってきます。
美大生で帽子のデザインをしています。
ウィルは、若く美しい彼女に興味を持ち、帽子のデザインを
依頼して、誘います。親子ほどの年の離れた対象的なふたりですが
急速に接近し、親密な仲になります。

いつものように遊びだったウィルは、彼女にいいます。

「僕はこれ以上君と関係をつづけるつもりはない。ふたりに
未来はない」と。

それを聞いた彼女は、おどけながらもまっすぐな視線で
ウィルに告白します。自分は病に冒されていて
残された時間もあとわずか、最初からふたりに未来はない。
あなたに迷惑はかけないわ。と。

大きな瞳にくるくる変わる表情、シャ−ロットが
印象的です。自分の気持ちを素直に表現して
泣いたり笑ったり、怒ったり...
幸せの裏にある悲しい現実が、きゅと胸をしめつけます。

続く

2002.10.27





No121

メ−ル

お元気でしょうか..
庭のツワブキも咲きはじめました。
まもなく、紅葉の季節ですね。

春は桜
秋は紅葉

その時に逢いましょうという約束
また、季節が巡ってきましたね。

ひとつ、ひとつ
巡り来る季節が愛しくて
庭の花さえ
小さな蕾が愛らしく
小さな出来事にも心がいっぱいになります。

水は流れる
雲はたなびく
風吹けば、木の葉
鳥は飛び
歩けるだけ、歩く
行けるところまで、歩く
雨だれの音を聞く
人、それぞれに生きる道
自分だけの道
ひとりでは生きていけない
絆があって、支えがあって
生きて、生かされて
自分だけの道
どこまでも....

あと、残されたいとおしい日々
お逢いできますこと
楽しみにしています。

毎日の中で、いつの日も
小さなものへの感動
心穏やかに、自分なりに生きていけたらいいですね。
では、またお便りさせてくださいね

琴乃

2002.10.26





No120

Nゲ−ジ

幸一の父は、結婚が遅かったことと
最後の子供で、おまけに男の子だったので
小さい頃は、幸一を
かなり甘やかして育てたらしい。

幸一は
デパ−トで、おもちゃを買ってくれと
床に寝転んで、動かなかった。

引越しの時に出てきたブリキの電気機関車
はずされてはいたがレ−ルもかなりの数だった。

建築関係の業者が来ていて
それを見るなり
当時、こんなおもちゃを買ってもらったのは
おぼっちゃんですな。

結婚してから
ある日、Nゲ−ジを買ってきて
こつこつと線路を作り、トンネルを作り
大きな板一枚に
Nゲ−ジコ−スを作ってしまった。
だいたいが凝り症だから
つぎつぎと列車が増えていった。

今は、静かに箱の中に眠ってはいるけれど
いつかきっと、また出してきて
得意満面に動かすことを
妻の陽子は知っていた。

そして、ブリキのおもちゃは
もう動きはしないけれど
ちゃんと、倉庫の中で眠っている。

2002.10.24





No119

廊下

陽子は小学校5年生になっていた。
クラス替えがあり
コウイチと、同じクラスになっていた。

もうその頃には
ハズカシさが先に立ち
決して、ふたりとも話そうとはしなかった。

ある日
陽子は、コウイチと廊下ですれ違った。

「あの..」

「えっ?」

コウイチに何か話しかけられてはいたけれど
急いでその場を逃げるように
歩いた陽子だった。

...........

季節は、流れて流れて

ある日のこと
コウイチは、陽子に聞いていた
「あの時、どうして話してくれなかったんだい?」

「ええ〜 覚えてた?
もういいよぅ そんなこと クスクス」

「買い物に行こうよぅ 今日は何にする?」

2002.10.22





No118

水車


「陽子ちゃん,今日は学校でどんなことを教えてもらったの?」

「うん、今日はね 大根でね 水車を作ったの」

「コウイチにも見せてもらえる?」

「いいよ、こうちゃん 洗面所へいく?
くるくる回るよ」

陽子は小学校二年生
学校帰りに父の入院している病院へ寄るのが日課だった。

隣のベッドに,入院している
男の子は,同じ二年生だった。

「ほらね、クルクル回るでしょ!ここに羽がついているの」
「こうちゃん、いつ頃退院できる?」

「もう、一回手術があるんだ..」

「ふ-ん」

陽子は知らなかった

5年生の時には、同じクラスになり
コウイチはさらに手術をすることを。

コウイチの母がお姑になるということを....

2002.10.20




No117

時刻表

幸恵はそっと時刻表を見ていた
大分駅からの下り
日豊本線
あれ?
あの頃と変わってない
本数がちっとも増えてなくて

お勤め帰りに乗った17時30分
次が18時15分
そして、19時30分
これに乗らなければ大変だった
21時30分までもうない。

月末の締め切りは21時まで残業して
乗り遅れたら
自腹を切って、22時のバスに乗っていた

懐かしさが溢れる

ちっとも変わってなくて
もっと本数が増えたと思ったのに
列車の中でたくさん読んだ文庫本。

物思いにふけった日々
青春の日々は
凝縮されて、あの列車の中にある。

いつか、また乗ってみよう
あの時の風景は見えないだろうけれど
心の中の自分に会えるかもしれない

そして
あの時は、お互いに高校生
すれ違いで
逢うこともなかったのに

どこかで糸が繋がっていた..
ふと
そんな気持ちが心に溢れた...

2002.10.18






No116

さだ まさしさんの
「主人公」 この曲が流れだすと
高志はいつも
これまで頑張ってきたことが
思い出されてくる

 ♪~小さな物語でも
自分の人生の中では誰もが皆 主人公
私の人生の中では
私が主人公 ♪~

進学校へ行ったのに
家庭の事情で諦め
なんとか、公立の大学を奨学金とアルバイトで
通った日々
部活、友達の誘いはすべて、断り
病弱の母を看病し

食事を作り
学校へ行く。帰れば買い物、洗濯と
自分の時間はいつも深夜だった。

♪~ もちろん今の自分を哀しむつもりはない
確かに自分で選んだ以上、精一杯生きる ♪~

この曲に何度励まされたことか..

これから先もきっと
自分なりに生きていける

この曲を聴くたびに
高志は思っていた。

2002.10.16






No115

ビ−ル


3日間もお休みの日が続くと主婦は忙しい
気になっていた、植木の選定を夫が
始めたから、由美は
片付けに必死であった。

高く、高く伸びた貝塚は
すっきりと丸く刈られて
見通しがよくなっていた。

お休みの日は
遊びに行く訳でもなく
夫の修は、たいてい家庭サ−ビスであった。

休みの日に飲むものと言えば
コ−ヒ−という、大のコ−ヒ−好きであった。

自宅療養している、叔父の家に
お見舞いも済ませて

ほっとする間もなく

犬の散歩と
夕食の準備

さて、出来あがった頃
あれ?

どこへ行ったのかな
いない

そのうち
声が聞こえた

「おおい、ビ−ル買ってきたぞ!」
修の声であった。

「またぁ、私の為だけに..自分は飲まないのに」

由美はつぶやいていた...

2002.10.14





No114

里親探し

「あのう、この子猫もらえますか?」

「失礼ですが、ご家族で飼ってもらえますか?
完全室内飼いが希望なんですが」

「僕ひとりで暮らしていますが、無理でしょうか
実は、オス猫を一匹飼っています。去勢しています。」

「5ヶ月になる寸前に避妊手術をしてもらうことが希望です。
失礼て゛すが、夏の暑い日はどうされてます?」

「あまりに暑い日はエアコンつけて行きます
大事に育てます。今いる子の友達がほしくて」

「わかりました。では、こちらにお名前と住所、電話番号を教えてくださいね」

加奈子は、再度手術をしてもらうことを確認して

キジトラの可愛い子猫を手渡した

先日、車の下に押しこまれていた子だった。

我が家に連れてくれば
なんとかしてもらえる
そんな気持ちが見えるような
置き去り

哀しみと怒りがこみあげてくる

子猫達が捕まえられて
殺処分されることの悲惨なことを知らない

避妊手術のほうが
可哀想と思っている

罪もない子猫を抹消することのほうが
ずっと罪深い

「可愛がってくださいね。 ミケちゃん  バイバイ 可愛い名前つけてもらってね」

いつものことなのに
もう会うことのない別れが寂しい...

2002.10.12





No113



瑞恵は、先日買った傘が気に入っていた。
ピンクの可愛い色に
フリルが付いていた。

小さいけれど
瑞恵は背も小さく細かったので
充分な大きさだった。

ある日のお勤め帰り
駅までの道

曇り空だったけれど
みるみる雨雲が広がり
どしゃ降りの雨になっていた。

大勢の人は走り
濡れて歩いている人はいなかった。

少し行くと
サラリ−マン風の人が
なぜか
濡れながら歩いていた。

もう肩もびっしょりだった。
あまりのひどい雨に
瑞穂は、傘を差し出した。

「あのう、小さいのですけれど
よかったら入りませんか?」

「えっ ありがとうございます。」

「小さい傘ですみません」

「いいえ、肩が濡れるのにこちらこそ、すみません」

同じ駅までの道のり
瑞恵は、もうすぐ駅だということが
なんだか
ものたりない気持ちだった。

2002.10.11




引き揚げ

no112


昭和21年8月
民子は、3歳の長女と6月に生まれた
次女と、夫と一緒に
引き揚げ船の船底にいた。

詰めるだけ
詰められていたから
息苦しい

何百人もの人たちは
ただ
放心したように
誰もが言葉を失っていた。

まるで
乞食のようなありさまだった。

持っているものといえば

命だけ

栄養失調で
声さえ出さない次女は
湿疹で顔を紅くし
死んだように眠っていた。
お乳は出るはずもなかった。

やがて
福岡の港に着いた。
検閲のため
何日も停泊し
甲板に上がれば
博多の町が見えた。

あの海の底は
ここより楽だろうか
そんなことを思うほど
真夏の船底は苦しい

やがて
ひとり、ひとりにコップ一杯だけの
水が配られた。

同じ社宅に住んでいた
Aさんが
コップを差し出し
赤ちゃんの顔を拭いてあげてね。
この水で。

民子はこらえきれずに
涙がぽろぽろとこぼれていた...

2002.10.9





引き揚げ

No111

昭和21年6月半ばに民子は
次女を産んでいた。

お産婆さんが
私はもう引き揚げ船が出るから
出発しますよ。
まだ生まれそうにもないですかね。

そういわれて
毎日、おなかを、たらいで暖め
やっと間に合って生まれた子だった。

そして、二週間後
明日、出発する。

もう船がなくなってしまう。

なんとか、港まで歩こう
夫の覚悟の声がした。

持てるだけの荷物を背負い
100人ほどの日本人の逃避行である

歩けない老人や子供は
次々に置いていかれた..

極楽黄土と
勧められて、満州へやってきた人々の
つらい歩みが始まった..

何人の人が帰ってこれただろうか...

戦後、民子は
夫とこの引き揚げの話しをすることはなかった...。

2002.10.8





満州鉄道

No110


昭和16年、民子は
満州鉄道の
あじあ号に乗っていた。

豪華さは
当時としては
東洋一だった。

たったひとり
東京からのひとり旅

ちよっと
旅行に行くそんな気持ちの
満州だった。

日本の国
そんな思いでしかないから
隣の国
そんな気持ちは何もなかった。

その通り
だいたいの人は
日本語を話していた。

昭和20年8月からの
日々を民子は
まだ知るよしもなかった。

命は
次々に消えてゆき
死ぬということの
現実を
くぐりぬけることの
つらい思いは

この列車の豪華な中で
考えもつかないことだった。

2002.10.7





No109

まだ開けきらぬ東の空を見ながら
朋子は、こんなまだ薄暗い日に
バスに乗り
駅へ揺られたことを思い出していた。

15分で駅に着くけれど
15分の待ち合わせがあり

7時15分に出発して
T駅へ8時に着く

仕事の始まりは9時だから
ゆっくり歩いて

一番に職場に着く
ひっそりした光景は
昼のざわめきが嘘のよう

あと
1ヶ月で去る職場

間違っていただろうか
言い知れぬ不安と
ためらいと
希望が入りまじっていた。

ずっとあとになって
知った言葉

marriage blue だった

2002.10.4





コスモス

No108

流れるような優しいmidiを聴きながら
さとみは

そっと目を閉じてみた。
いろんなこと

悲しかったこと、つらかったことが
思いだそうする訳でもないのに
あとから、あとから

溢れていた。

どんなにつらい
哀しみも
季節がいっぱい過ぎると
薄くはなってゆく...

けれども
さとみにとって
その時は
涙がかれるほど泣いたと思うのに

あとから、あとから
涙溢れた

もう、笑おう
もう、軽くしよう

明日こそ

明日にはきっと

今日よりは明るい私

ひとり静かに過ごす午後

庭には、コスモスが秋風に揺れていた...

2002.10.3





夕陽

No107

由紀は、近くの海へ夕陽を眺めにきていた。

海の近くで育っていたため
時々は
こうして海を眺めることが好きだった。

若い時に見た
海とはまた違って

ここ、瀬戸内の海はいつも
波、おだやかだった。

人は生きて

疲れて、悩んで、哀しんで

いろんな思い

その時は心がいっぱいだから
頑張ってをいわれるのが
つらくて

どうして 頑張れる..
そんな気持ちがつらくて
よく海へ来た

いろんなことは
日にちが薬

そんなことを思いながら
眺めていた海

いつしか夕陽は沈み
海は紅く輝いて

由紀の顔も染めていた...

2002.10.2