Short Story

第1集(2002.6.14〜2002.7.31)
第2集、第3集(2002.8.1〜2002.9.30)
第 4集 (2002.10.2〜2002.10.31)
第5集(2002.11.1〜2002.11.30)
第6集(2002.12.1〜2002.12.16)
第7集(2003.3.1 〜 2003.3.13)

第8集
No158



人は老いると子供に戻るというれけど
舞は、帰り道につぶやいていた。

今日は、私を娘と間違えていた。
そうすると
語気が荒くなる
まるで、娘には
命令口調になる

これが、娘というものなのだ
そうつぶやく、舞の背中に
夕陽が赤い

思わず振り向いて
海の夕陽を眺める

波は穏やかに揺れ
夕暮れが近づいてくる

人の一生も
そのままの姿

ただ、今はこの夕陽が限りなく
美しいと思える

娘ならば
娘でいい
替わりをしているのだから
そう、思う舞の気持ちには
もう、迷いも何もない

明日またね
じゃね

2003.7.4


No157

学校帰り

舞が小学校へ入学した年の冬だった。
舞の母は、どうしても子供たちへ
洋服が縫ってやりたいと
洋裁を習い初めていた。

幼い舞にとって、学校帰りに母のいる
小さなお店の二階に寄ることが
楽しみでたまらなかった。

母と一緒にスト−ブで暖めた
お弁当を食べることが
とても嬉しい舞だった。

いつも
母のしぐさを眺めては
おとなしい舞を、洋裁の先生は
舞を可愛がってくれたのだった。

ある日、小さな布をもらった舞は
小躍りせんばかりに喜んだ。
それは、ミンクのような手触りの
コ−ト生地だった。

幼い舞にとって
何よりも、宝ものにみえた。

まだ独身のその先生は
幼い舞がみても、はっとするほどの
綺麗な先生だった。

今思えば
母と一緒に歩いた、帰りの
道すがらのことは何も記憶にないのに
あの布の手ざわりだけが
いつまでも、消えることなく
舞の心に残っていた。

そして
いつまでも、高校生になっても
150センチほどしかない舞の為に
母は高校の制服まで
手作りして着せてくれたのでした。

2003.6.17



つぶやき
No156

箱に入れられて
小さな子犬がやってきた

当時はまだ珍しい鼻がピッチャンコの
シ−ズ−犬

目はくるりと大きく
こぼれそうだった
足は短くて、まるでぬいぐるみのよう
あっという間に大きくなり
玄関のたたきを飛び越えて部屋に入ってくる
夜はひとりで寝かせていたのに
くんくんと鳴くから
つい、傍で寝かせてしまう

子供たちは
学校から飛んで帰ってくる

やがて
年老いて
何度も、何度も
悪性腫瘍の手術に耐えるように
なるなんて
まだ、誰も知らない

過ごした日々が愛しく
切ないように可愛い
大切な家族
どんなにたくさんの
シ−ズ−犬はいても
我が家にいた
あの子は、あの子だけ

そんな事を
舞はふっと
つぶやいていた...

2003.6.14



上官
No155

軍隊では、訳もなく殴られた

思い当たるふしもない
些細なことで殴られた

ある時、Yは
靴でしたたかに殴られた。
自分の手が痛くないように
靴で殴ることは当たり前であった。

ついに、堪忍袋の緒が切れていた。

ハンガ−ストライキ-である
決して、食べようとはしなった。

もう、意地である

あいつの顔は一生忘れない
心に誓った
上官であった。

やがて、そのことが原因で
一目おかれるようになっていた。

あいつを殴るとめんどくさいぞ...

熊本西部第19部隊
これから中国大陸へ向けて
出発していく頃であった。

********
戦後、戦友会が何度も開催されてはいたが
一度も出席することはなかった。

あの上官の顔を見ることは
ないと、心で誓っていたからであった。

2003.6.9



No154
銃弾

昭和20年8月の終戦を過ぎていた。
思いもかけない敗戦
満州国、奉天(現在は洛陽市)での
ふじ子の暮らしは一変した。

若い頃、奉天にやってきて
中国の若い娘さんに事務を教え
懸命にお勤めをして
長女は、2歳6ヶ月になったばかりだった。

髪をばっさりと切り
顔に炭を塗り
屋根裏に逃げる生活が始まっていた。

不可侵条約は破棄されて
終戦前に他国の兵が
押し寄せてきていた。

ある日のこと
異様な物音に
亜希子を連れて
屋根裏へ逃げた、ふじ子の
足元に銃弾がそれていた。

目は恐怖で引きつり
足腰が動けなくなっていた。

片言の日本語で
女を出せとわめいている
腹いせに天井へ向けて
弾を攣ったらしい

*******
はるか瀬戸内のふるさと
K市へ帰るのは
まだ一年先のことだった..

2003.6.4


No153

たんぽぽ

ふじ子は、お宮の境内に入るなり
わっと泣き崩れた

先ほどの姑の言葉が胸に
ささっていた

満州から、やっとの思いで引き揚げて来て
たくさんの小姑の中
息が詰まるような生活

ふたりの子供は何も知らずに
花を摘んでいた

このまま
いなくなろうか...

そんな思いが心をよぎった

「おかあさぁん〜」
亜希子が駈けて来た

見れば、タンポポの花をたくさん持っている

「はい! おかあさんに!」

「ありがとうね!」

頑張ろう
この子の為に..

たんぽぽの黄色を眺め
ふじ子は言った

「お父さんの好物でも作ろうね、今夜」

「うん!」
亜希子は元気よくうなづいた

2003.5.25



No153

浩さま
こんにちは
冷たい雨が降っています
今年も、桜の季節にお逢いできましたね

でも
私は、紅葉の季節が来なくても
また、逢いたいと思っています。
残された日々が愛しいと思うからです。

あなたと食事をして
そぞろ歩く
それだけでも
うれしいひとときです。

梅雨に入る前に
お伺いしたいと思います。

怒らないでくださいね

逢えると思ったら
少女のように
こころ
はずみます
クスッ

あっ
笑ったでしょ 今

いいですよぅ
笑われても〜

では、またね

琴乃

2003.5.11



No152
励まし

Fさんの入所している苑では
食事時には、揃って食堂で
食事をしていた。

早くからテ−ブルについて
待っているのだけれども
誰ひとりとして
文句を言う訳でなく
そっといつも待っている
まるで
小学一年生の時に給食を待っていたように。

食堂に掲げられている励まし言葉

*******
明日へ向かって
明日があるさ、明日がある
年は老いても夢がある
いつかきっと いつかきっと
実現できるだろう

まだまだやれる まだまだやれる
明日があるさ

大きな自然に囲まれて
空には鳥たち飛んでいる

あせることないさ あせることないさ

明日がある
明日がある

明日があるさ

2003.5.3



No150

お見合い

昭和16年、満州鉱山の事務所の中だった

Tさん
あのね
私の主人の妹にね
ふじちゃんっているんだけどね

Tさんにどうかしらって思ってね

いつもあなたは
里のお母さんに送金して
親孝行だし
きっと、ふじちゃんを大事にしてくれるって
思うから

この一言の縁だった

4年先に
幼子をかかえての
逃避行が始まるなんて
思いもよらない二人だった

満州鉱山は、軍需目的の会社であった為
Tには、20年8月の初めに
なんと、赤紙がきたのだった..

当時は珍しいことでもなくて
誰もがまだその頃も
この戦争が
負けるなんて、思ってもないことだった。

2003.5.2



No149
派遣社員

もうあれから何年になるかしら
智香はつぶやいた

夫に先立たれた智香は
事務員をしながら、ひとり息子を育てていた。

日曜日のアルバイトとして
派遣社員の登録をしていた。
あの日の仕事は、結婚式への出席だった
あのバブルの頃は、まだ派手な披露宴があり
どちらか一方で出席の人が足りなければ
人を頼んでも、数合わせをしていたのだった。

叔母として主席するだけ
美味しいものを食べて
ただ座っていればいいだけだった。

隣に叔父として座っていた男性

婚約者を亡くし、ずっとひとりでの生活だった
やがて縁があり結婚したふたりだった

たまたま叔父役の人が都合で来れなくなり
夫が出席していた。

派遣会社の所長だった、夫は
よく仕事をまわしてくれたのだった。

子供が今年、大学に入学して
上京してしまった。

夫とのふたりの青春
これからかもしれない

智香は、夫の好きな料理をするために立ち上がった。

2003.4.25



No148
空(くう)ちゃんのお話

さやかは想い出していた
ずっと以前に新聞に載っていたことを。

動物実験が済んで
内臓を摘出されたけれども
生きていける程度のものだった
そう書かれていた犬のお話

そこの学生であった人が
その犬との
瞳と瞳との会話で
家へ連れて帰ることになったのだった。

車から降りて
家へ着くと
その犬は、空を見上げて
くい〜んと鳴きました...

僕は生きていたんだ
まるでそういうように...

その学生のお母さんは
思わず、涙こぼれて
犬を抱きしめました。

今日から
うちの子だよ

空(くう) ちゃんと呼ぼうね〜
可愛いね〜

やがて年月は流れ
空は、天へ召されていきました。

そのお母さんが
空の生涯として
新聞投稿されていたのでした。

2003.4.17



No147

墨田の花火

ねぇ 墨田の花火っていう紫陽花知ってる?

知らないわ

困ったわね

どしたの?

おばあちゃんがね
どうしても見たいっていうの
今はもう夏だっていってきかなくてね

そう
わからなくなっているから
仕方ないよね

昔 おじいちゃんが買ってきたらしくてね

そうそう
いつか、枯らしたことあったよね
あれかもね

****数日後****

あったわ〜
これみたい

えっ? これ;?
紫陽花ともおもえないね
それにもう咲いて

今は温室で咲かせるから
あるのねぇ

白が綺麗ね
花びらも優しくて
ふ-ん
これが墨田の花火っていう
紫陽花なのね

おばあちゃん
喜ぶよね〜

夏だっていっておけばいいしね

2003.3.18