Short Story

第1集(2002.6.14〜2002.7.31)
第2集、第3集(2002.8.1〜2002.9.30)
第 4集 (2002.10.2〜2002.10.31)
第5集(2002.11.1〜2002.11.30)
第6集(2002.12.1〜2002.12.16)
第7集(2003.3.1 〜 2003.3.13)
第8集(2003.3.18 〜 2003.7.4)



第9集

NO 169

記念切手

初めてもらったラブレタ−
転校して
誰も知らない
ポツンといつもいる私に
届いた手紙

あなたのこと見ています
好きです

同封されていた
記念切手

ポトリと落ちて
慌てて拾って

実家に帰った時
眺めた切手

懐かしい風が
ふわっと広がった

あの中学校の校舎は
建替えられて
面影はないけれど

それでも
心の中で思い描くことは出来る

2003.9.13




NO 168

お弁当

高校入試の日の朝
母が持たせてくれた、お弁当

行ってらっしゃい
いつものように
さりげなく
送ってくれて

開いたお弁当
私の好きなものばかり
ぎっしりと詰められていた

春まだ浅く
教室は寒い
午後からも
試験は続く

一口食べては
窓から見える空を見上げた
北の廊下の向こうには
松林と海が広がる

受かるといいな

そんな気持ちが心をよぎる

校舎の入り口で
ツバメの巣を見つけていた

きっと
いいことありそうな....

2003.9.12




NO 167

満州銀行

舞の家には
満州銀行と書かれた
豪華な石作りの建物と
一階ロビ−、大金庫の扉の写真がある。

亡き舅が命からがら引き揚げて来た時に、持ち帰っていたものだった。
当時の満州銀行で
重要な役職に就いていた親戚から
貰ったものだったとか。

極楽黄土
行けば、楽しい楽な暮らしが出来る
当時の満州への
キャッチフレ−ズ

誰も疑うことはなかった
ちよっと隣の県まで行く。

そんな気持ちで大陸へ渡ったのだという
姑の言葉だった。

当時は、全員の人が
日本語を話すように
教育されたとか。

虐げられた
当地の人々のことは
語られていない

それが何よりも...
占領していたということなのだと
舞は思っている..

2003.9.10




NO 166

よっちゃん

夏休みは眠い目をこすりながら
ラジオ体操の会場へと走る

途中でよっちゃんの家へ寄り
カ−ドをことづける

出席の丸がふえる度に舞は満足だった。
帰りには、よっちゃんのお母さんが
丸の印を付けて返してくれる。

体操には参加をしないけれど
よっちゃんはいつもニコニコして
人形を抱いていた。

新学期がくると
必ず、よっちゃんを誘って学校へ急いだ。

社宅から学校までは遠い。
小さな峠を越えて
辿りつく
遠い海の向こうには
四国がかすかに見える

風が優しくて
鳥たちが唄っていた。

ゆっくりと時は流れて
子供を見守る大人の瞳にも
ゆとりと、慈しみがありました。

ほんの少しの知恵遅れだった
よっちゃん..
どうしているかな...

2003.9.5




 165

夕日

「おい ! 子供を殺せ」

「え! なんてことを!」

満州の荒野で、同じ日本を目指す人から言われたことだった。

3歳の明子には、どうしてこんな所を歩いていることかも
わかっていない。
ただ足が痛いのと
食べるものがない
泣くしかなかった。
夫の勉がすばやく明子を抱きしめた。

ふじ子の胸には生後14日のけい子がいた。
この子とて明日の命はあるだろうか。

泣き声さえあげる元気もない

見渡せば、地平線にどこまでも
夕日は続いて美しい

もしも日本に辿りついたならば
この夕日は苦しみの夕日に違いない。
ふじ子は心の中で血の涙を流すようにつぶやいた。

もうここでの、二度と見ることのない夕日は
何事もなかったように沈みくる

人間の愚かな戦いを蔑むように
平和な頃を懐かしむように

2003.9.1




 164

ケンちゃん

「俺、もうダメだ...」
:ケンちゃんはつぶやいたという

高校入試に向けて
友と勉強をしていて
つい遊び心から、家のバイクを持ち出し
夜中に乗りまわした

友とふたりで交代に乗り
スピ−ドの出し過ぎで
カ−ブを曲がりきれなかった。

慌てて駆け寄った友は
深夜、友を背負って病院へ走った

その時に、ケンちゃんがつぶやいた
「悪かったな...」

友は泣きながら走った

若い命散らして
哀しみのお別れ

あれからいくつもの季節は巡っても
ふるさとへ帰ると思い出す。

隣のクラスだった
ケンちゃんのことを...

2003.8.31



 163

智ちゃん

雪ちゃん、この子と遊んでくれる?

うん いいよ
智ちゃん、あそぼ!

うん
何して遊ぶ?

近くで他の友達が
ひそひそ話しをしている

あの子、もらいっ子なんだって
なんでもねぇ
サイバンショっていうところから
来たんだって〜

ふ-ん

雪ちゃん
こっちであそぼ〜

いいの!
智ちゃんと遊ぶの!

ふたりを包む野原の風は優しくて
野の花たちは微笑む

また明日遊ぼうね

うん!
待っているね

ままごとしようね
うん!

********
幼き日のヒトコマ
雪は思い出す
智ちゃんのあのえくぼを...

2003.8.23



 162

恵美ちゃん

♪〜 甍の波と、雲の波〜  ♪

学校帰りに唄いながら
恵美ちゃんと一緒に帰った

当時、恵美ちゃんのお母さんは
お勤めに出ていて
帰れば誰もいない

舞ちゃん、遊びに来てね

うん、いくね

すぐ近くの社宅の家だった。
一番の仲良しだったのに
小学5年生の時、ケンカをして
その後、私が転校をしてしまったので
会うこともなかった恵美ちゃん。

高校で一緒になった時
お互いに、びっくり

恵美ちゃんが
あんなにも早く、悪性腫瘍で亡くなるなんて。

皐月の空になると
思い出す歌

♪〜 甍の波と、雲の波〜  ♪

いつだって、あの日の私に戻れる
そんな気がして...

2003.8.7




 161

引揚

100人ほどの日本人は
奉天から出発をした。

長いロ−プで手をくくりつけ合っていた
これは誰も迷子にならないためだった
引揚船の出る港まで歩く
昼は茂みの中に隠れ
夜、歩く

出発前に、全員から
集められたお金がありました。

それは、ある女の人に渡されました。

「御願いします」
その一言だけ

何事もなく、港についたことが
お金を出したものにとって
唯一の救いでした。

敗戦国での
つらい出来事

戦争で命を落すことは
兵隊だけでは決してないこと

オンナヲダセ
そう言って、襲われた時の為に
お金は集められました。

当時の赤線で働いていた人に
一緒に歩いてもらうために..

つらい、つらい
過去の戦争の礎のもとに
今の平和はもたらされました...

もう誰だって
兵隊の足音は聞きたくないはずです...

2003.8.1




NO 160

トンネル

小さな港町に走っていた、軽便鉄道の駅の名前
古宮 (ふるみや)
金山(かなやま)
大志生木(おおしゅうき)。。。。

小さな無人駅

車両は二両しかなくて
今、思えばマッチ箱のようでした。

たった、ひとつだけ
トンネルがありました。

子供心に、暗く長いトンネルのように思っていたことが
同窓会でみた
廃線のあとの、あのトンネルが
なんて、小さく見えたことでしょう

ガタン、ゴトン
幼いおかっぱ頭の私は
疲れて寝てしまい
トンネルが過ぎた頃
起される

もうすぐだよ

居眠りしながら
持っていた、買ってもらった絵本を
またしっかりと握りしめる

あれはきっと

白雪姫
だったのかな

2003.7.31



お土産

NO159

「山田さん、もう最後の引揚船が出るらしんですよ
私はその船に乗るから、お産の手伝いはできません」

「そうですか..」

昭和21年6月のことだった。
敗戦と共に、食べることにもことかいて
二度目のお産も間近い、ふじ子だった

そうだ、お腹を温めてみよう..
まだなんとか社宅に住んでいたふじ子は
毎日、たらいにお湯をはり
温めていた。

やがて、6月21日に次女が生まれたのだった。
それから、二週間して

「大変だ、明日出発らしい チンタオまで歩くのだ
ありったけのお米で、お握りにしてくれ」

「はい なんて、急な..」

「もう最後の船かもしれない
乗らなければ、帰れなくなる」

3歳の長女
生後ニ週間の次女の命と一緒に持って帰ったもの
それは、大切にお腹にくくりつけて持ち帰った

家族の写真だった

夫のツトムがひとつだけ、リュックに詰めたもの
それは、極寒の満州国で冬を過ごした
毛皮のついたコ−トだった

父への唯一の土産として...

2003.7.20